2017年08月19日

コラム「換気システムの課題とこれからの住宅換気」・その4

【コラム】北海道科学大学工学部建築学科教授・当会副理事長 福島明先生
「換気システムの課題とこれからの住宅換気」

4.熱交換はお得か?

 新しい省エネルギー基準では、熱交換換気装置を導入すると断熱仕様を低くできることから、安易に導入しようとする人が増えています。熱交換換気装置のどこが、どう、お得なのか、お得でないのか、考えてみます。

■省エネルギー効果

 省エネルギー性についてですが、私は、かねてから、熱交換換気装置の省エネルギー性については疑問を呈してきました。断熱が進んで熱損失が小さくなると、換気の熱損失の割合が大きくなるので、計算上、とても大きな効果があるように見えます。図1は、ある換気メーカーが公開している換気装置の省エネ効果です。隙間換気を考慮して、内外温度によって給排気をコントロールすることでファン動力を3種換気並みに抑えた最新鋭の装置です。熱交換効率は80%以上に達します。この結果、札幌だと7万円、関東でも2万5千円の省エネ効果があると主張しています。これは、ちょっとした高断熱住宅の年間暖房費支出に匹敵する金額になります。一般的な暖房用エネルギー消費量と同じ熱回収効果が得られる、暖房費が「ただ」になるということですね。


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図1 メーカーが作成した換気のコスト


 こんなパラドックスが起こるのは、二つの理由があります。一つは、回収した熱量をそのまま、省エネルギーとして計算しているからです。確かに回収した熱量としては正しいのですが、実はそこに誤解があります。これでは、暖房必要温度以上の時間帯や、暖房していない時間の熱回収も計算してしまいます。もし、この時間に熱回収をしていなかったとしても、暖房負荷は生じませんね。特に断熱性が高い家では、内部取得熱の効果が高まり、冬季でも暖房の不要な時間が増えてゆくため、こうしたことが起きやすくなります。
 もう一つは、隙間からの換気や台所レンジファンなど、その他の換気を全く考慮していないことです。ここで、暖房時に機械に頼る部分がどれくらいなのか簡単な試算をしてみました。隙間や局所換気の運転、屋外との出入りで、0.2〜0.3 回 / h程度の換気が起こります。全体換気を 0.5 回 / hとすると機械換気装置に期待されるのは0.3 回 / h程度というのが実態でしょう。


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 図2は、年間負荷計算をして求めたエネルギー消費量です。冬季の隙間換気量を考慮した結果ですが、換気装置の導入効果は、札幌で1万4〜5千円、東京で6〜7千円程度の差しかありません。

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図2 動的計算による暖房費の比較


 それでは、熱交換換気装置の実質的な回収効率はどの程度と考えるべきでしょうか? 隙間換気を0.2回/hとして予想される熱回収効率を試算したものが図3です。トップランナーの熱交換効率 90%で回収すると最終効率で 54%、国内の一般的な装置は熱交換効率 50%程度ですから、最終効率で 30%となります。まるで、すべての換気を熱交換換気装置で行っているかのような表現が見受けられますが、実際は、装置の効率がどんなに良くても、実質の効率はこの程度、と考えるべきです。

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図3 隙間換気やその他の換気を考慮した熱回収効率


 次にファン動力を含めた省エネルギー効果を比べてみましょう。ファンの電力消費は、DCファンなどを用いても年間 500 KWにも達します。ファン動力の成績係数1ですが、エアコン暖房の成績係数は3ですから、回収できる暖房エネルギーがファンの電力消費量の3 倍で差し引き0、導入効果を実感するには 5倍ぐらい、2,500 KWくらいないと意味がありません。たとえ、超高気密住宅が実現したとしても、これが実現できるのは、寒冷地だけでしょう。図4は暖房費とファン動力費を合わせて比べています。国内で多く用いられている比較的効率の高い熱交換換気システム(熱交換効率60%、DCファン)をあわせて示していますが、東京でも札幌でも、熱交換換気装置の設置によって、かえって費用が増大します。経済性だけでは判断できないことが理解いただけたでしょうか?

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図4 暖房費とファン動力費


■室内環境の向上効果

 室内空気環境をより高めたい時、熱交換換気装置は大きな役割を果たす可能性があります。まず、ダクトシステムを持つものがほとんどですから、必要な場所に必要なだけの新鮮空気を計画的に供給することが可能です。単純な3種換気に比べて、室内の空気分布を大きく改善が期待できます。また、より多くの換気をしようとする場合、一般に空気環境と省エネルギーは相反する関係にあると言われています。空気質を高めようとすれば換気量を増やすことになりますが、省エネルギーには反するというわけです。ですから、換気量を増やしてもエネルギー消費量の増加が僅かな熱回収換気装置は、換気量を増やした時に絶大な省エネルギー効果を発揮するのです。
 図5は、換気回数を0.7回/hとしたときの単純換気との比較です。熱回収換気では機械換気0.5回/h+その他の換気0.2回/hとして計算しました。換気量を増やすと、省エネルギー効果が明確に現れます。熱回収換気を加えることで、基準以上の換気量を確保し、気持ちのよい室内空気環境を求めれば、そこには熱交換器の大きな可能性があるのです。


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図5 換気回数0.7回/hで比較した結果


 また、熱交換換気装置には、もう一つ大きな利点があります。それは取り入れ外気の予熱です。取り入れ外気による寒さは、断熱住宅にとって最大の課題です。図6は、壁面の自然給気口から侵入する冷気の流れです。この寒さが換気装置を止める最大の原因の一つなのです。快適性を損なうことなく良好な換気を実現できる、そうした意味で、熱交換のメカニズムは、確かに大変魅力的です。エネルギー消費の削減効果は住宅の条件に大きく左右され、実質的にはさほど大きくはありません。しかも、取り入れ外気を予熱し寒さを防ぐことによって、換気を継続できることこそが、大きなメリットなのです。特に、最近の高効率な換気装置は給気温度がほぼ室温で入りますから、全く寒さを感じさせないことが可能で、吸排気位置の制約は殆どありません。

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図6 自然給気口からの冷気の流れ


■換気装置に働いてもらうために

 熱交換換気の効果を実感するためには何が必要でしょうか?高効率な熱交換換気装置の開発が進んでいます。当然、高価な設備になってゆきますが、それに見合った効果を享受するためには、設計や施工、保守対応が大切なことは前に述べたとおりです。帯電型の除塵機や、トルネード型の外気取り入れフードなど、保守を減らすだけでなく、圧力損失が極めて小さく、経時的な圧力損失の増大もない装置が売られています。こうした換気量を増やしながら、保守を減らす技術もこれからの換気技術には大きな効果をもたらすものと期待しています。
 空気は、住宅環境の最後の仕上げと言ってもいいものです。しかし、空気質が低下しても多くの居住者は全く気づくことはありません。だからこそ、確実に換気を維持し、良好な空気質を維持する事のできるシステムとすることが、熱交換換気装置を取り扱う人たちに強く求められるのです。



posted by パッシブシステム研究会 at 09:57| Comment(0) | コラム